わたしの子育て

積極的な登校支援を止めることにした話

みなさま、こんにちは☆やまもとです。

特別支援学校入学同年10月から行き渋り、12月から完全不登校、部分登校を経て現在殆ど不登校中の息子くんの登校サポートをしています。

今年、5年生になり現在9月なので登校支援を始めて約4年。

夏休みを終え2学期が始まったのですが、今後は積極的な登校支援を止めることにしました。

理由は、いくつかありますが・・・

母側の理由としては、

6年生までに小学部の行事や活動を一通り体験ができ、登校できることを目標に手探りながら約4年の間、登校支援をしてきましたが、

5年生の今現在、一日通しての登校も連日の登校もできておりません(笑)

息子くんも母も約4年、休みながら、悩みながら登校に向き合ってきました。

たっぷり休んでみたり、数時間の付き添い登校や午前だけの登校、

弁当を持参したり、朝活動の途中から終わりまで登校してみたり。

おそらく息子くんにとっても休みながらも常に少しがんばる日々でした。

その結果が現在の状態(=学校に行けない・通学できない)。

できないことをできるように4年間がんばったし、思い当たる手は尽くした…

やってみてないことは、活動できるところだけ参加する単発登校(やまもと造語)くらい…

現在も含め母の頑張り次第の通学・登校…ちょっとおかしいよね…

そういう思いもあったので、もうがんばるのはいいかなと思うようになりました。

残りの小学部としての時間をのんびりとゆったりと

本人の興味の向くままに任せて単発登校中心にしてみようと思います。

登校・通学を目指したのは、引きこもりになってしまうのが怖くて、また、母と自宅にいるのが当たり前になって欲しくなかったからです。

私が不登校という状態を受け入れられず、4年も振り回したのかもしれません…。

でもそれに伴って、興味の幅が狭い息子くんに幅のある色々な経験を得られる機会を提供できたと思いたいです…。

休みながらも登校・通学に向けて意思疎通の難しい息子くんの気持ち・体調等と学校の参加加方法詳細等を学校側と調整・連絡し続けるのはなかなか根気のいる作業で苦しい4年間でした。

これからは、本人の関心を中心に単発で授業に参加し、学びをのんびりと増やしたいと思います。

担任の先生が授業内容を予め教えてくださるので、科目履修生のように興味ある授業・活動を中心に参加予定です。

学校の先生たちもそれは受け入れてくださっています。

授業参加の際の服装や下校方法は本人と相談したいと思いますが、制服ではなく活動時の体操服で登校し、母の送迎で授業だけ受け下校バスは利用しないような気がします。

学校の仲間のいない道を歩くことは不安ですが、新しい出会いもあるかもしれませんし、明るい気持ちで息子くんの成長ペースを応援したいと思います。

不登校中のお子さんをもつ親さんにお伝えできるのは

不登校は親のせいでも 子どもさんのせいでもないです。

いじめとなると話は変わってくるように思いますが、

そうでない時は学校とのマッチングがうまくいかなかったのだと思います。

息子くんの場合は安全面を考慮すると転校・フリースクール利用は難しかったので、特別支援学校の通学を目指すことにしました。

不登校の原因が明確にあり、それを調整できればいいのですが、

さまざまな理由から原因あるいは理想は分かっていても(環境調整が第一とされています)、様々な理由から調整ができない・調整に限界がある現実はあります。

どこに折り合いを付けるかは、家族の考え・方針によると思います。

息子くんの場合は、フリースクールが利用できず、他学校での就学も難しいので、特別支援学校に所属し、母と自宅中心に過ごすことを決めました。

まだまだ、不登校時の子どもの居場所は限られますし、繊細っ子や障がいのある子どもさんは自宅中心に過ごさざるを得ないかもしれません。

それに伴って親自身の身の振り方も限られています。

それが人によってはとても苦しいのかもしれません。

私自身もそうでした。

社会という制度の限界を思ってしまいますが、

その中で理想に近い過ごし方が見つかることを心から強く願っています。

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ABOUT ME
やまもと佳星
日本文化・芸術が好きな一児の母|息子(支援学校生)が不登校となり不安から母と離れられない状態に。息子の癒しと自身のリフレッシュを兼ねて活動を始める|保健師・アーツインストラクター
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