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わたしの子育て

ただ本人の課題を先延ばししているだけな私の子育ての話

1年生の時に学校に行けなくなって、全く外出できなくなった時、生活が破綻しました。

近くに家族がいないのと私の内向的な性格と転勤族なこともあって、頼れる知り合いはあまりなく、周りにサポートを求めることができませんでした。

留守番ができれば、母だけで行動できるのですが、知的障害自閉症を持つ息子くんを一人にはできず、一緒に過ごす生活が始まりました。

生活を立て直すには、短時間でも学校へ行ってもらう必要がありました。

それに何より、親亡き後のためにも社会とつながっていてほしかった。

当時(1年生時)の学部主事さんに「(これからの学校生活を)どうしますか?」と聞かれたのですが、毎日、無常に時間だけが淡々と流れていく中、本人を支える親の生活を回すために、学校に行く時間を短時間にしてそれを少しずつ伸ばしていく以外、私には思いつきませんでした。

学校で過ごせるならそれで良しとし、制服登校も給食も学校バス利用も放課後デイサービス利用も後回し(先延ばし)にすることにしました。

全ては、自宅から出て過ごすことを当たり前にするため。

でも、それらは本人が自立するにはいつか必要となってくることですよね。

  1. 制服登校➝例)就労にはユニフォームなどへの着替えや身だしなみは不可欠
  2. 給食➝例)親のつくった食べ物以外を一定の時間内に食べきる能力は集団生活では不可欠
  3. 学校バス利用➝例)就労や福祉サービスなど、親の車以外の交通手段での移動ができる能力は不可欠
  4. 放課後デイサービス➝例)自宅以外、親と離れて過ごす能力は親亡き後に不可欠

通常の登校が難易度10なら、2とか3くらいの何度に下げて・・・。

それを毎日が無理なら、休みを入れて週2回くらいから。

それでも朝から行けないのなら、母の送りによる遅めの午前中から。

それでもいけないなら、午後から。

それも無理というなら、終わりの会と下校バス。

下校バスが乗れないなら、母迎え。

たまにしか行かないということは、その場所・人・空間に慣れにくいということです。

なので、その場にいられない理由が不安なら、母が付き添う意味もあると思ったので、慣れてもらうために母が付き添ったことも一定の期間在りました。

細かく設定して、とにかく、学校に行くというか、自宅から出るにはどうするか、どうすればいいか・・・それをひたすら毎日していました。

できてきたと思ったら、長期休暇などが始まり、逆戻りするんですけどね・・・(笑)。

それをずっと繰り返した6年間でした。

この方法は、本人の課題の先送りでしかないんです、たぶん。

でも、半分もなかった出席日数が、6年生では3分の2になりました。

冬期行けずにいた行事は、6年生ではほぼ参加しました。

  1. 制服は最後まで嫌がりましたが、着替えが上達し、たたむことができるようになってきました。
  2. 給食は食べられませんが、お弁当をクラスで一人で食べられるようになりました。
  3. 帰りの下校バス、放課後デイサービスでの送迎サービスを利用できるようになりました。
  4. 自宅以外の「学校」「放課後デイサービス」が在ることを理解し、利用できるようになりました。

先送りでしかない私の子育てですが、こんな方法でも本人は少しずつ成長してくれています。

毎日、笑顔を見せてくれているので、良い方にいっていると思います。

今は、少しずつ生活を回すパターンができ、学校・放課後デイサービス利用も増えたので、付き添い・送迎が減り、その分、楽になりました。

ただ、中学部に入ると逆戻りがあると思うので、今のパターンに固執せず、様子を見ていきたいと思います。

甘やかし過ぎ・寄り添い過ぎは重々承知なのですが、できるようになっていく一つ一つの過程を一緒に楽しんでいこうと思います。

中学部も課題がめじろうしでしょう・・・!

でも今は、春休みをめいっぱい愉しみたいと思います(笑)

ABOUT ME
やまもと佳星
猫とクラシック音楽とゼルダの伝説が好きな内向型人間|息子(知的障害×自閉症)が入学同年から不登校となり不安から母と離れられない状態に。冬眠期間を経て、現在は短時間登校サポート中

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