日記

元日の地震後、初めて母に会ってきました

みなさま、こんにちは。

先日、七尾市ベイモールまで私一人で行ってきました。

七尾市は能登の比較的人口の多い市で、元日の地震では震度6強を観測したところです。

母は七尾市能登島で被災し、七尾市を出て避難生活を送っていました。

電話でやり取りはしていたのですが、少しずつ母の声が落ち着いてきたので、

そろそろ一度会いに行ってみることにしました。

ベイモールはスーパーマーケットや食事処が集まったショッピングモールです。

母とそこで待ち合わせをして、買い物をしてきました。

道中の様子などと共にざっくり記録してみようと思います。

今回は一人で出かけたことと、思い出の地を直視する私自身の緊張が強かったこともあり、写真は撮りませんでしたm(__)m

道中の様子

被害がメディアで報道されていた能登里山街道は通らず、ほぼ並行している159号線を走りました。

途中にコンビニがあり、通常営業されていました。

トイレも使用できました。

土曜日に七尾へ行ったのですが、渋滞はなく、工事も殆ど159号線はしていませんでした。

道のでこぼこは殆ど気になりませんでした。

アルプラザ鹿島の様子

中能登町付近のアルプラザ鹿島へ寄ったのですが、

外側はぱっとみて被害が無いように見えました。

ただ、2階部分も含め、一部は営業していませんでした。

日常生活に欠かせないスーパーマーケット部門をメインに稼働しているようでした。

ベイモールの様子

ベイモールはほぼ全店が通常営業していました。

Cocosで昼食を食べることにして入っていたのですが、

土曜日ということと周辺に駐車場のある食事処が少ないのもあってか、大混雑していました。

15分程待っているとテーブルへ案内されました。

配膳ロボット?が愛嬌よくポテトを運んでいました(笑)

注文不可のメニューは無かったように思います。

母の様子

母と以前会ったのは10か月ほど前になると思います。

その頃に比べて、なんだか一回りも二回りも小さくなったように感じました。

実家は母の目の前で倒壊し、現在は母の兄弟の家を頼っています。

雨風凌げる家とは言っても、他人の家なので落ち着かないのでしょう・・・。

食も細くなってしまったようです。

それでも新しい環境の中で美容院に行ったり、慣れないコンビニで欲しいものを買ったりとがんばっているようです。

父が祖父の一週間後に急逝したとき、母は少しボケてしまったことがありました。

そのこともあったので心配していたのですが、大丈夫そうでホッとしました。

母と買い物

母と『しま〇ら』で買い物をしました。

春夏用の服を買いたいと言っていたので、一緒に選びました。

帽子やTシャツなど一通り選んで買った後、花屋さんに行きました。

母は花が好きで、花の名前をたくさん母から教わりました。

人の家に花の鉢植えは置きにくいと思い、買うのを控えていたのですが、

現在は兄弟さんの家ということで「大丈夫」というので買うことにしました。

花屋さんの中は、花のいい匂いでいっぱいで母も癒されたようでした。

バラやカランコエ、ガーベラ、ラベンダー、カーネーション、サボテンなどの観葉植物などなど

店内にはたくさんの鉢がありました。

悩んだ末、赤い小さな花がたくさんついている鉢を母は一つ選びました。

小さい鉢だったので、もう一つ別の鉢も添えて買うことにしました。

買い物を一通り終えた後、休む場所もないので解散することにしました。

能登島の実家に行くとなると片道小一時間は思っていないといけない状態で、

行っても倒壊している家の片付けは人の手でするには限界がありますし、

わたし自身、その光景を受け止める覚悟がまだできていなかったので、

今回はやめました。

食祭市場辺りを回ってみた

母と別れた後、メディアでよく見る一本杉通りを横目で見つつ食祭市場の方へ行ってみました。

道路のアスファルトは波打っていて、倒壊している建物もチラチラと見えました。

食祭市場は駐車場はほぼ整備を終えているようでした。

海沿いにある遊歩道に綺麗に張り巡らされていたタイルがめくれ上がっていて、

地震の爪痕を強く感じました。

全体を通して

元日の地震から4か月が過ぎ、通常の生活に一見戻っているように見えました。

しかしながら、場所によっては水道が復旧していない所もあるのが現状です。

能登島の主要道路の復旧もまだできていないところもあります。

とはいえ、たくさんの人の手によって能登は止まることなく生きていました。

母は能登島へ帰りたいようで、少しずつその準備もしています。

元に戻ることはないですが、力強く進んでいけたらなと思いました。

また、母に会いに行ってこようと思います。

ABOUT ME
やまもと佳星
日本文化・芸術が好きな一児の母|息子(支援学校生)が不登校となり不安から母と離れられない状態に。息子の癒しと自身のリフレッシュを兼ねて活動を始める|保健師・アーツインストラクター

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